神は余裕の表情のままヴァロンに話しかけた。
「な、面白いだろ?ヴァロン。この感じだと、他にもいろいろ感づいてそうだぜ?まだ続けさせるかい?」
ヴァロンは足立と仲原を僅かに目の端でとらえると。
「いえ。これ以上は。代行者としての素質はゼロではなさそうです」
口調は穏やかだが、明らかにヴァロンの表情は厳しい。
篠原はこれを見て、神の方へ振り返り、満面の笑みのまま切り出した。
「証明は出来たようですがぁ、私が代行者になるかどうかはぁ、実はまだ迷っていますぅ」
ヴァロンが小声でうなる。
「……対立候補を潰しておいて保留?神を相手に、よくもそこまで言えたものだ。」
神は余裕のまま、優しく篠原に微笑んだ。その表情は、少なくともサーチの知る神が人間へ向けるものではなかった。サーチはこの光景に違和感と困惑を覚えヴァロンに人間側に聞こえないようにエーテル通信で尋ねた。
「ヴァロン。あの神様が、ここまで好き勝手に立ち回る彼女に激昂しないのは何故でしょう?まさか他の代行者候補が決まっているのですか?」
「いや、代行者には、神との相性適正がある。我らの神と適正のある代行者は世界レベルでも数人のはず。それはない。おそらく、神は彼女を代行者にするつもりだ。いや、彼女が代行者になれば他はどうでもいい。そう見えるな」
「そうですか、神様の余裕は本物のようです。交渉の状況としては悪いはずなのに……」
「サーチ、神に怒りの感情が見えたらすぐに知らせてくれ。神のために我々が人間どもを守らねば。私があの男の軍人(足立)を、サーチは女の軍人(仲原)を、ベルガンは篠原を守れ。分かったな」
三眷属が目くばせを交えて交信している姿を見て、少し嬉しそうな神。そのまま本題に入る。
「迷っている?交渉としてはイマイチだなぁ。その演出をするのならば大荻山は残すべきだった。全員脱落させたら、本気度がバレちゃうだろ。で、代行者になる条件はなんだい?人類の保護はダメだよ。試練を課して守るべき種族か引き続き観察してくれないと困るからね」
「大荻山はぁ、実はちょっと想定外でしたぁ。自滅はすると思いましたが、まさか神の情報を他人に口外して信じてもらえると思うなんてぇ、雑でもいいので、相手の反応を一手先まで想像すれば、意味のなさに気が付くと思ったのにぃ」
「予定よりも早く退場してしまったのでぇ、ちょっと焦りましたぁ」
その笑顔はスッと消えると篠原はトーンを落として神へ告げた。
「な・の・で、単刀直入に言いますねぇ。足立隊長と仲原三佐、この二人も代行者にしてください。私ってぇ人類を導いたり裁いたりするタイプじゃないんですぅ。神様ならご存じだと思いますがぁ観察とか実験が私の長所なんですぅ
ということで、足立隊長がぁ試練を作ってぇ私が観察してぇ、仲原三佐が執行する。代行者の役割を分担していいならぁ代行者になってもいいですよぉ」
この発言に反応したのは意外にもベルガンだった。
「おいおい。調子にのってるのか?神聖な代行者を、お友達と分担したいだ?てめぇ。こっちが本当に手を出せないと信じているのなら、指の1・2本折って分からせてもいいんだぜ?」
ヴァロンは表情を変えず、サーチの通信網に意識を乗せた。
「止めろベルガン。こちらの格が下がる。だがもう今さらだ。だったら脅すのなら指ではない。目だ。目を潰すと言ってみろ」
ベルガンは腕をすぅっと上げると篠原を指さした。そして
「えーっと、ああ、それとも、その大きな瞳を、潰して差し上げた方がよいかな?」
篠原は咄嗟に後ずさる。だが、何かに気が付くとヴァロンに向かって、わざと大きな声で言い返した。
「足立隊長!大発見ですぅ!三眷属は音声以外の通信手段を持ってますぅ!」
ヴァロンが思わず口を挟む。
「何を根拠に!まだ、何か駆け引きでもしたいのかな?」
篠原はヴァロンに振り向くと、ニヤリと笑って言い返した。
「特攻隊長君はプライドがあって真っすぐなんです。思考回路は感情と直列で繋がっていますぅ」
「でもぉ、今の発言は感情とぉ行動の間にぃ。観察と思考が入っていますぅ。」
「咄嗟に出る言葉は人格がでますからぁ。この中であれば、これはヴァロンさんの思考回路ですぅ」
ヴァロンの顔が一層険しくなった。
その瞬間、神が声をあげて笑った。
「あはははは。一本取られたな。さて、本題だ。代行者の分割は不可能だ。複数の代行者が対立した場合、神の戦争が始まってしまう。それは世界の終焉だ」
「だが、足立、仲原両名の寿命を代行者とリンクすることは可能だ。本人の同意があれば……だけどな」
篠原が笑顔のまま神の方に振り返る
「同意ですかぁ。そこはぁ強制的にぃできませんかぁー?」
神もまた笑顔で返す。
「出来る。だが、あまたの生命が等しく持つ権利を同意なく奪うことは、その人物に死ぬこと以上の苦しみを課すことになるが、よいのかな?」
篠原は、足立と仲原にゆっくりと視線を送りその表情を観察した。
「隊長はぁ、右の口角が下がってますぅ。仲原さんはぁ、まぁ説明するまでもなく、怒ってますねぇ。はぁ」
視線を天井に向ける篠原、誰に向けるわけでもない言葉が漏れた。
「まぁ、死ねないというのは、普通に嫌ですよね。私ですら孤独な二百年は正直さびしい。でもこの瞬間が人類のターニングポイント。間違えるわけにはいかない…かぁ」
覚悟を決めた篠原は神に向けて答えた。
「いいですよ。代行者を引き受けましょう。神様相手に交渉してみましたがぁ、今回は負けを認めますぅ!」
こうして翌日「人神融合の儀」と呼ばれる代行者への権能付与の儀式が行われることになった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
翌日。
デスランドの入り口で待つ三眷属に、篠原そして足立と仲原が招かれた。
足立はその地に足を踏み入れると、一言漏らす
「こんな建造物が空中に浮いていたのか…。中世の城?いや砦?のような構造だな…」
仲原は目を見開いて周囲を警戒しながら呼応する。
「はい。外見は破損していましたが、内部は無傷でした。そんな報告を、津田さんに伝えるのが恐ろしいです」
篠原は興奮しているものの、一人でブツブツと何かを考えていた。
「城は浮いている。でもぉ私たちは城の床を歩いている。装飾品や建造様式も重力を前提とした形状ですぅ。ニュートンもここでは閉口してしまいますねぇ」
三眷属に先導され、儀式の間へ入る。
教会のチャペルのように、並んだ椅子と、1段高い舞台がある空間だ。最前列にはすでに大種族神が座っていた。
篠原はサーチに呼び止められ、足立と仲原は三列目の中央から左側に座るようヴァロンに促される。
その後、ヴァロンとベルガンは当然のように三列目の右側に座った。
すると空いていた席に、様々な形の光の塊がポポポッと現れる。塊は次第に人の形に変化し、全ての座席を埋め尽くした。
すると舞台袖から神が現れて、中央で一礼すると、こう宣言した。
「私は罰を受け二百年の間、眠ります。その間の代行者をこれより誕生させましょう。人神融合の儀を執り行います。候補者前へ」
その言葉を合図に、儀式の間の照明は落ち、篠原にスポットライトが当たる。いつの間にか篠原の服は白いドレスに変えられており、純白のドレスがキラキラと光を反射した。
サーチは戸惑う篠原の手を取って、中央の通路を歩き、篠原を神の前へとゆっくりと誘う。
参列客の表情は読み取れないが、篠原の顔、姿を記憶するように視線は一か所に集まっていた。
そして、前から3列目まで篠原を連れてきたサーチも神に一礼をするとベルガンの隣に座った。
篠原の脳にサーチの声が聞こえる。
「そこから先はご自分の足でお進みください。中央のステップを登ってください。その後は、振り返り神々に一礼。そして神と向き合い一礼。それだけです」
ヴァロンの声も聞こえてくる。
「振り返った際に参列客を観察することは不敬に当たる。お気を付けください。お知り合いがいるだろう。そこだけを見るといい」
篠原は小さくうなずくと、ゆっくりと歩を進め、ステップを登りきる。そして後ろを振り返った。
彼女への強い視線がさらに強くなる。篠原は足立を見つめ、一礼すると、逃げるように神へと振り返る。
そのまま一礼すると、口から言葉が無意識に飛び出す。
「私、篠原涼音は、代行者となるべく人神融合の儀をお受けします」
にこりと笑う神に篠原は小声で抗議する。
「あれだけぇ意志とか同意とか言ってたのにぃ、宣言は強制なんですねぇ」
すると神は小声で答える。
「ふっ。強制ではないよ。その宣言は君の決意でセリフが変わる。決意無きものは宣言ができない。神々の前で嘘は許されないからね。」
そう言うと、手を差し伸べた。
篠原は恐る恐る、その手を取る。
すると、急に背景が変わる。光に包まれた暖かい世界。参列客も、足立も、三眷属もいない。
ただ神が目の前に全裸で立っていて、気づけば篠原もドレスが消えていた。
触れあった手が、次第に神の中に吸い込まれていくような感覚が篠原を襲う。不思議な感覚、本来あるべき物理的な境界線が溶けて同化するような感覚だ。細胞1つ1つが神の肉体と重なると篠原に強烈な快楽を与える。その快楽は肉体的なものではない。多幸感、安心、感動、様々な喜びをひと固まりとして受け取るような未知の刺激。
その未知の刺激が、細胞単位で何度も篠原を襲う。
強烈な感覚に色香を帯びた声をあげる篠原。しかし、神と重なっている部分は、手から腕、そして体とゆっくりと面積を広げていく。
全身が神と同化した時、篠原は大きな声を上げると気を失ってしまった。
気づくと、舞台の上に戻っており、ドレスを着た篠原の眼前には神が立っていた。
「あっ」
篠原は一声、漏らすと、腰が砕けその場に座り込んでしまった。
すると、観客席から大きな拍手が送られる。篠原は必死に足立と仲原を捜しだす。二人はポカンとして状況を把握していないようだ。
――ズキン
二人を見た瞬間に体全体に痛みが走る。その瞬間に見えていた光景が一気に変わる。人型の光の塊に見えていた神々が何の神なのか認識できるようになった。中には良くない神もいた。ヴァロンが目を合わせるなと助言した意味も理解できた。
だが一方で、足立と仲原の見え方も変わっていた。一言で言うと異物感である。先ほどまでは安心して目線を置ける先だったはずの二人。しかし、今は違った。神々と並んで座る異物のようにみえた。そこには培われたはずの絆は色を失っていた。
その後、神が二、三分ほど宣誓の歌を歌い、照明が暗転すると大種族神を含む、参列者は足立・仲原・三眷属を残して消えていた。
誰も、人神融合の儀の終わりを告げてはいない。だが、篠原は自分が代行者になったことをすぐに理解した。なぜなら視界から入る情報量が全く違うからだ。空気の流れ、気持ちの淀み、死角にあるはずの彫刻の形など、まるで数千機の分野別ドローンの画面を1つに集約したような高濃度の情報の渦であった。
「これが神の視界…」
篠原が目に力を込めようとする、すると強い光が襲い、バランスを崩す。神はそっと後ろから彼女を支えると、耳元でささやいた。
「徐々に慣らした方がいい、今は…そうだな、視界の情報量を1%にしておくといい。」
そういうと篠原の手をとり、目を覆う。篠原は無意識に1%を復唱した。
再び目を開けると、見慣れた世界に戻っていた。若干、見えてはいけないものが見えてはいたが、ようやく周囲が見渡せるようになった。
篠原はゆっくりとステップを降りて、真っ先にサーチの前に立った。
「作法を教えてくれてぇ。助かりましたぁ」
そう言って軽く頭を下げると、ヴァロンにも一言
「あんなに警戒していたのにぃ、助言をくれるなんてぇ。ヴァロンはツンデレさんですねぇ~!」
ヴァロンは目線を逸らす。
篠原はその様子を見ると笑顔になって足立と仲原の元へ駆けつけた。
「足立隊長!仲原三佐!篠原涼音、代行者になってきましたぁ!」
その口調に足立も仲原もほっとした笑みを見せる。篠原は笑顔のまま少し声を小さくして二人に告げた。
「せめて寿命があるうちだけでも、そばにいて下さいね」
二人は無言でうなずいた。
こうして人神融合の儀は終わり、三人が儀式の間を出ると、そこはR連隊の研究室だった。
足立がぼやく
「儀式が済んだら、さっさと帰れってことかぁ? もう少し要塞の中を見学したかったのになぁ」
それを聞いた篠原はケラケラと笑うと返した。
「もうすぐ私の居城になりますからぁ、好きなだけ見ていいですよ!」
仲原はそれを聞くと少しさびしそうに言葉を足した。
「本当にもう代行者なんだな。で、居城を観察して何かわかったのか?」
その言葉に、篠原はいつもの笑顔で答える。
「立派な居城でしたぁ!あそこから二百年間も人類をしっかり査定しちゃいますよぉ!」
足立が査定という言葉に敏感に反応した。
「おいおい。神災が人災に変わるだけとか、やめてくれよ!」
「駄洒落ですかぁ!足立隊長もオジサンですねぇ」
仲原も釘をさす。
「目に余るようなら代行者であろうと、止めて見せるからな」
その言葉に篠原は不敵な笑みを浮かべていた。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
一方、デスランドの大広間では、その様子を神と三眷属が覗いていた。
ヴァロンが嬉しそうに神に声をかける。
「上手く繕っているようですな。」
神も上機嫌だ。
「ああ、人神融合の儀は人と神の交わり。権能の一部だけを都合よく引き継げはしない。私の持つこの人間への感情も引き継いだはずだ」
サーチは不安そうだ。
「融合した直後ですから、まだ人の記憶が強いのでしょう。あの自然な振る舞いがいつまで続くでしょうか」
ヴァロンがその不安を制する。
「問題ない。代行者の変質は完了している。今の会話の中に、否定も肯定もない。情報の提供もない。彼女は人間側に戻ったように見せながら、有益な話は何一つしていない。日常を演じているのだ。内側から食い破るためにな。恐ろしい代行者だ」
ベルガンも余裕を見せる。
「人間風情が、代行者を止めて見せるなんて笑えるぜ。俺ら眷属を忘れているんじゃないのか!」
神はそのやり取りを優しいまなざしで見ていると、話を始めた。
「仲良くやれそうでよかったよ」
そしてベルガンを見つめると
「ベルガン、お前は余計なことを考えるな。だが、失敗からは学べ。お前のコアには成長の回路が多く入れてある。二百年後の姿が楽しみだ」
そのまま、サーチへ視線を移す
「サーチ、共感能力を使い代行者のサポートを頼んだ。あとベルガンが暴走したら止めてくれ。お前のコアの愛情の回路は強いはずだ」
続けて視線をヴァロンへ向ける。
「ヴァロン。お前の頭脳は戦闘に特化している。代行者の頭脳をうまく使え。お前のコアには統率の回路が多重にめぐっている。代行者と知恵比べを楽しむといい、二百年後、お前は未来を予測できる力を持つだろう」
そういうと、神は席を立ち三眷属に告げた。
「これで別れだ。眠りにつくまでの間、一人にしてくれないか」
それを聞くと、三眷属は席を立ち神の元へ駆け寄った。そして口々に別れの言葉をかける。
神は別れ際に、サーチにだけこう言った。
「今夜執務室へ来てくれないか」
サーチは黙ってうなずいた。
夜。サーチが執務室を訪れると、神は空間に映像を浮かべていた。
映っているのはどこか神の面影を持つ孤児らしき二人の兄妹だった。
サーチはその映像に近づいた。
「もしやこれは、神様の?」
神はこれまで見せたことのない複雑な悲しそうで愛しそうな笑顔で答えた。
「ああ。俺と妻の子だ。査定で傷つかぬよう加護を与えていたが、私が眠れば薄れてしまう。二人に神の加護を定着させてくれないか」
サーチはすぐに察した。
「代行者から隠すおつもりですか?」
「ああ、融合の儀で篠原の観察眼が、私のコアに一瞬触れた。おそらく子供の存在に気付いたはずだ。人間の神の子。篠原に見つかればどうなるか」
神はサーチに強く頼んだ。
「だから頼む、子供たちと篠原の縁を完全に断ち切ってくれ、そして加護を定着させ生涯交わることのないようにしてやってくれ」
そういうと、二筋の光の線が子供たちから彼方に伸びて行く。それは縁と呼べないほどの細い線。サーチは光の線に触れると線を断ち切った。
その後、今度は神の手から光の線が子供たちに巻きついて行く。そしてサーチが触れると、ひときわ大きく光ると体の中へ消えていった。
サーチは優しく報告した。
「神の加護を魂に定着させました。これで神が眠っても加護は定着し、その子孫にまで引き継がれるでしょう」
それを聞いた神は安堵の表情で返した。
「これで肩の荷が下りた気がするよ。ありがとうサーチ」
サーチは何も言わずに執務室をあとにした。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
眠りの日、神は光の空間に横たわっていた。
そこに篠原が現れる。二人はあの日のように何も身に着けていない。
神は目を閉じたまま篠原に問う。
「二百年、どう使うつもりだ?」
篠原は優しい笑顔で答えた。
「腐敗した今の社会は、早々に破壊しましょう。そしてエーテルを中心とした新しい社会実験を行いたいと思います」
神は皮肉を漏らした。
「お友達が悲しむぞ」
それでも篠原は考えを変えなかった。
「計画を練るのに五十年程度使えば、人間なんて短命ですから。足立隊長、仲原三佐も天寿を全うするでしょう。それからでも十分です」
「そうか……それを聞いて安心した。まぁやり過ぎるなよ。俺のようにならないようにな」
「承知しました。神様」
篠原の不敵な笑顔に不安と期待を覚えた神は、こうして二百年の眠りについた。
神は消えゆく意識の中で考えていた。
ーー二百年の眠りで私の憎悪は消えてしまうだろう。
ーーだが、代行者に憎悪は引き継がれた。人間よ、試練を越え、変革を見せるのだ。二百年後、代行者の憎悪が消えた世界で目覚めることを願う……
ー完ー
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