最終話「勇者!その手を・・・」
勇者は剣を振りかざし、魔王へと向ける。
「ついに追い詰めたぞ!魔王ヤサグレー!」
気味の悪い古城に住まう、上級悪魔を露を払うかの如くひれ伏して、勇者はただ一人、魔王の玉座へとたどり着いた。
そこには初老の魔族が玉座に座り、落ち着いた面持ちでうつむいていた。
「よくぞ我が玉座まで来たものじゃ。見ての通りの老いた魔王じゃ。貴様の剣術なら簡単に殺せよう。さぁ好きせよ」
魔王を守るものは居ない。この魔王を討つのは誰が見ても容易い。勇者は大きく剣を振り上げると魔王へと向ける。
「無論だ!覚悟は良いか!」
魔王は顔を上げると、勇者の瞳をまっすぐに見て口を開いた。
「ふむ。死ぬのは良い。だが、ひとつ勇者に問う」
覇気のない老いた声で魔王は勇者に疑問を投げかけた。
「この期に及んで命乞いか!」
命乞いかと聞かれ不意を突かれたように魔王は笑う。その仕草から魔王の疑問が命乞いなどではないことが読み取れる。
「ふははは、否(いな)。ここで逃げても卑怯者と同族から討たれよう。命乞いではない。そう。単なる興味じゃ」
この状況で聞きたいこととは何か、勇者はひとまず聞くことにする。
「言ってみろ!しかし、変な素振りを見せれば即座に斬る!」
勇者はじりじりと魔王との間合いを詰めつつも、話を続ける。
「我を殺せば、魔界と人間界をつなぐ魔法陣は消滅し、魔界と人間界の往来は不可能となる。そして、今、魔界にいる人間は人間界へ強制転送となり、また、人間界にいる魔族は、魔界へ強制転送となる。これは知っておるか?」
「知っているさ、人間界から魔族が消え、魔界からの新たな襲撃もなくなり人間は平和を取り戻すんだ!」
そのくらいは脳筋勇者でも知っている。だが何故そんな話をするのか勇者には理解できなかった。
2,3秒の沈黙の後、魔王はまるで台本を読むかのように饒舌に本題にはいる。
「では、問う」
「貴様ら人間の人口は約2000万。そのうち、この戦争で生計を立てているモノは10%つまり200万。我を倒し、この戦争が終われば200万の人間が職を失うが、これを勇者。貴様はどうする?」
この魔王は以前からこの疑問を抱えていたらしく、かなり具体的な数字が出たことに脳筋勇者は少々動揺するが動揺を悟られまいと質問を質問で返す。
「それは、王国兵や傭兵の事か!」
しかし、この質問もまるで想定されていたかのように魔王に返される。
「それだけではない。武器屋、防具屋、治癒ギルド、薬屋、荷運び、などなど沢山の人間がこの戦争に係ることで金を貰い、生きておる。戦争が終われば武器防具売れず、大怪我を負って治癒ギルドに行くものも減る。野戦用の薬もいらなくなるだろう。それらを運ぶ荷運びも失業じゃ。勇者よ、彼らをどう助ける?」
そんなことを聞かれても脳筋勇者にはさっぱりわからない。むしろ、そんなことは考えたことすらなかった。
「そ、それは・・・、お前たち魔族を倒し平和になってから、みんなで知恵を出せばよいことさ!」
そう、勇者にとっては魔王討伐が全て。まずはそれを成し、あとのことはみんなで考える。それが勇者の考え方だった。
しかし魔王はうっすらと笑みを浮かべるとさらに質問を重ねる。
「なるほど。無策・・・ということじゃな。では、もう一つだけ問う」
「貴様らの人間の食料自給率は70%じゃ。残りの30%は人間が占領した魔界で生産しておる。魔法陣が消え、この食料供給が断たれたとき、勇者、貴様は人々の飢えをどう補う?」
ショクリョウジキュウリツ?勇者には難しい単語だったが、前後の文章から「国における食料の生産量」だと勇者は考えた。そして勇者は迷いなく答える。
「みんなが少しずつ食べるのを我慢して、助け合えばよい話さ!」
その答えを聞いて、魔王は大きく表情を崩して笑う。
「分け合う。ふはははは。よいか?貴様ら人間は、自国に貧困層を抱えている。すでに食うに困る国民が存在するのじゃ。その貧困層からこれ以上食料を奪えば・・・それは死ぬぞ」
自国民が飢えて死ぬという理屈はなんとなく勇者にも理解できた。今まで贅沢な暮らしをした貴族、王族を沢山見てきた。彼らが食料の大半を民衆に分け与えるとは思えない。格差は必ず生まれてしまう。
しかし勇者はそれを認める訳にはいかなかった。
「くっ。黙って聞いていれば結局命乞いじゃないか!」
答えに困った勇者は、それを命乞いだと決めつけて、振り上げた剣を一歩魔王へ近づけた。
だが魔王は顔色一つ変えることはなく、話を先へ進める。
「違うな。戦争はな、”正しく”勝たねばならんのだ。正しく勝たねば自国に待つものは、大量の失業者と経験したことのない大飢饉じゃ」
正しくとは何か、脳筋勇者が精一杯考えを巡らせていると、魔王は言葉を重ねてきた。
「我は貴様に正しく勝てるのか問うたまで。そして答えは出た。さぁ剣を振り下ろすが良い。我が倒されようと魔族と魔界は消えぬ。いずれ新しい魔王が現れる事じゃろう。その時、再び攻めればよい。今よりも疲弊した人間界に再び魔法陣をつくってな」
話の通りだとすれば、今、魔王を討てば大量の失業者と飢餓を生むことになる。かといって、魔王を見逃せば戦争は終わらない。脳筋勇者の剣は完全い迷い、その矛先を見失っていた。
「そ、そんな馬鹿な!しかし俺はどうすれば!」
その言葉を待っていた。魔王は喜び表情を浮かべると勇者に語りかける。
「簡単じゃよ。我と手を取ればよい。さすれば我が知性をもって、魔族も人間も幸福に暮らせる世界を作って見せよう」
突然の申し出に戸惑う勇者。その勇者の背中を押すように魔王は手を差し伸べる。そして一言。
「勇者よ我が友となれ」
勇者は眉一つ動かさぬまま、思考を巡らせた。そしてしばらくの間沈黙が続き、勇者は答えを出した。
「本当だな!本当に人間も幸福になるんだな!」
魔王は勇者の目をしっかりと見てこう答えた。
「約束しよう」
こうして、脳筋勇者の魔王討伐は思いがけない形で幕を閉じることになった。だが勇者は清々しい気分であった。今まで散々「脳筋」と馬鹿にされていたが、それを補う存在「魔王」と出会うことが出来たからである。
魔王の手を取った勇者がその後どうなったのか。その話はいずれ。
- 完 -
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★緑茶先生の次回作にご期待ください!
【緑茶】 ご声援ありがとうございました!連載も終わったので興味のあった家庭菜園でも始めてみようと思います。