6回に分けて全3本の短編小説を掲載します。
本日は第4回目ということで、2話目の後編になります。
1話目とはまったく独立した別のお話なので、この話からでも是非!
では、よろしければご贔屓によろしくお願いします。
※前編を読んでいない方向けに↓に全編バージョンも用意しました。
~怠惰な運転手~ (たいだなうんてんしゅ)(前編・後編一気読み)
後編のみはこちらからー↓
~怠惰な運転手~ (たいだなうんてんしゅ) 後編
「おいおい、あなたは客を待たせてメシなんぞ食っていたのかい?」
運転手は一瞬「しまった」という表情を致しますが、直ぐに強気に戻りまして
「お客さん、ちょっとタバコいいですか。メシを食ったら眠くなってきちまって」
「タバコ?私も吸うから構わないけれど、今時禁煙車じゃないなんて珍しいねぇ」
「いえ。禁煙車ですぁ」
そういうと、運転手は路肩で車を降りまして、プーカプカといっぷくし始めました。
タクシーのメーターは、その間もドンドン増えて参ります。
やっと走り出したと持ったら、トロトロトロトロ運転をして信号があろうものなら
赤になるまで待つ始末。
男は痺れを切らしまして
「ちょいと、あんたは真面目に仕事をする気があるのかい!」
と身を乗り出しますと、運転手はふて腐れたような顔をして
「嫌なら他の車に乗り換えて下さいな。この早朝にこのあたりで回している車なんて
ないと思いますがねぇ。」
と信じられない言葉を口にしたかと思えば、突然グィっとハンドルを切ったので
ございます。
「ちょっと。どこへ行くんだい?」
客が驚いて、問いかけますと
「ああ便所でさぁ。私だって人間ですから、寒空の下でタバコをすえば冷えますよ」
小さな公園に立ち寄ると、客を車に乗せたまま公衆トイレに行ってしまいます。
もちろんメーターは信じられない金額でドンドン増えて参ります。
やがて男が便所から帰ってくると、今度はスマートフォンを取り出して何やらメール
のようなものを読み始めました。
すでに空は薄っすら明るくなり、新聞配達のバイクの音がジーコ・ジーコと響いて
おります。
こりゃぁハズレを引いてしまったと男が大きく肩を落としておりますと。
突然、運転手が上機嫌になりまして。
「お客さん!ツレが産気付いたと連絡がありましたよ!」
どうやら運転手の嫁の出産が始まった模様です。客はそれを聞くと、この不愉快な
タクシーから降りる良い口実だと思いまして
「それなら、すぐに行ってあげないといけないね。そこの大道りまで乗せて貰えれ
ば、あとは裏道を歩いて行くから、そこで停めておくれ」
と3つほど先の角を指差しました。しかし運転手は
「いえいえ、中央病院に行くのでしょう。それならついでだ、乗っていきな!」
「ついで?あんたの奥さんは中央病院に入院しているのかい?」
「へぇ。奇遇ですねぇ。どちらが先に生まれるのか楽しみですねぇ!」
客はハッとして、助手席の前にある運転手の名札に目を向けます。そして小声で
「なるほどねぇ。これは、なるほどだねぇ」
と何やら納得した様子。
急に客が一人で納得しているのを見た運転手は、また威圧的な態度に戻りまして
「なんでぇお客さん!私なんかと同じ病院じゃ不満とでも言うのかい!」
と食ってかかります。
「違うよ。」
客は先ほどまでの、呆れた表情ではなく薄っすら笑みを浮かべながらこう言います。
「あんたに一ついいことを教えてあげよう。」
「小言かい?本当に無粋な客だねぇ!」
「いいから聞きな、今日、この時間、中央病院で生まれる予定の子供はね・・・」
客はバックミラーごしに写る運転手の目をじっと見つめながら
「田中さん、あなたの子供一人だよ」
そういうと、客はバックから何かを取り出して運転手に見せました。
「そ、それは、医師免許!」
「そうだとも、私はね、あなたの子供を取り上げるために病院から呼び出されたのさ」
運転手が金魚のように口をパクパクさせておりますと、客は悪魔のような顔つきで
「そうだねぇ。私も人間だから、お産の前にメシも食わないといけないねぇ」
「それから、服がお産をするわけではないのだから、白衣は要らないねぇ」
「ああ、そうだ。私も人間だからお産の最中にタバコぐらいは吸うかもねぇ」
「おっと。そいや、あなた。へその緒は自分で切れると言っていたねぇ。それなら
自分でやってもらおうか」
「私が切ってもいいんだけれど、私も人間ですから筋の一つや二つ間違えて赤子の
大切な部分をチョキーンとしてしまうかも知れないからねぇ」
と、指を運転手の股間に向けました。
運転手はイチモツが「キューッ」っと小さくなりまして、病院に着くなり土下座を
することになったのでございます。
この後、無事に生まれた可愛い「女の子」の股間を見た運転手が卒倒したとか、しない
とか後日談がございますが、それはまた別のお話。