こんばんは!管理人の緑茶です。
当サイトでは火曜は本の日ということで6回に分けて
全3本の短編小説を掲載します。
本日は第3回目ということで、2話目の前編になります。
1話目とはまったく独立した別のお話なので、この話からでも是非!
では、よろしければご贔屓によろしくお願いします。
~怠惰な運転手~ (たいだなうんてんしゅ) 前編
真冬の朝方、タクシーを呼んだ客が日も上がらない暗闇の中、歩道で震えて
おりました。
芯からキーンと冷えるような寒い朝で、自然と目線は道路のずーっと先を
見つめておりました。
客は寒さで耳を真っ赤にして、今か今かとタクシーを待っておりますと
随分たった頃に、一台のタクシーがやって参りました。
「おいおい遅かったじゃないか。直ぐそばにいるって言うから、外で待って
いたのにこんなに待つなら家の中に居れば良かったよ」
そんな愚痴をこぼしますと、運転手は不機嫌そうな面持ちで
「はぁ。直ぐそばにいるとは言いましたが、すぐに行くとは言ってませんよ。」
随分と失礼な運転手のようで、客のほうは相手にするのも面倒に思いまして
「屁理屈だねぇ。まぁいい。中央病院まで行っておくれ。」
すぐに話題を切り替えて、淡々と行き先を伝えますと、運転手は急には愛想が
良くなりまして
「この時間に病院へ行くなんて、もしかしてオメデタかい?」
などと話しかけて参りました。
「おや。するどいね。」
「へへぇ。実は私のツレもオメデタでして、明日・・・いや今日にでも生まれて
いい頃合なんですわ。」
「ほう。それはメデタイねぇ。だったら病院にいてやらなくていいのかい?」
「それが、看護師が頑固な女でして、産気付いたら連絡すると帰れ帰れの
一点張り。しまいにゃ、背中を押されて追い出されちまいました。」
運転手は、元々医者に良い印象がない様子で、聞いてもいないのにベラベラと
持論を語りだしました。
「大体、医者だの看護師だのあいつらは客より自分の方が偉いと思ってやがる。
先生だ恩人だと煽(おだ)てられて調子にのってやがるんでさぁ」
「そうかねぇ。仕事とはいえ面倒を見てくれるんだから感謝するんじゃないの
かい?」
客が少々たしなめますと
「面倒?それは違いますわ。あいつらは金の亡者ですわ。」
と息を荒げます。
「例えば、歯医者に行ったことはございますかい?あいつらは虫歯1本治すの
に何度も何度も通わせやがって。
やぁと終わったと思ったらケアが足りないとか歯石が何とかと文句を付けて
ケツの毛までむしろうとしやがる」
「それは、あんたの口が汚いんだよ。でも医者っていうのは普通、内科医を指す
だろう」
「内科ねぇ、内科の医者なんてものは、少々体が火照るといやぁ。やれ発熱だ
解熱だと騒ぎ立て訳のわからないクスリを売りつけやがる」
「なら外科ならいいのかい?」
「外科?外科なんてトンでもねえ。ツバでも付けとけば治るものを、消毒だ
感染症だと傷口をなんどもチョコチョコ触りやがって痛いだけじゃないか」
「屁理屈だねぇ。そうだ、子供を生むのに産婦人科は必要だろう」
「駄目駄目。あんなものは医者ですらねぇ。大体人間なんてものは大昔から
勝手にオギャーと生まれてきてるんで。それを無駄に神々しくとりあえげて
医者はただ「へその緒」を切ってるだけじゃねえか。私にだってできますぁ」
この運転手の偏見だらけの力説に、男がため息をついて外を眺めますと
運転手が道を間違えたことに気がつきます。
「おいおい。今の角は曲がらなくていいのかい?」
「細かい客だなぁ。私も人間ですから筋の1本や2本間違えることもありますよ」
とまた不機嫌そうな面持ちに戻ります。これには客もカチンときまして
「あなたも人の親になるようなら、ちっとはシャンとした方がいいと思うがねぇ」
ついつい嫌味の一つも言いますと、運転手はますます不機嫌になりまして
「お客さん、言ってくれるじゃないですかい。私のどこがシャンとしてないと
言うんだい?」
と少々威圧的に問い詰めて参りました。
「それなら言わせて貰おうか。そもそも寒空で客を待たせるんじゃないよ。」
「それはお客さん、あなたが勝手に待ったのでしょう」
「近くにいるって言うから、待ってたんだろう。それにねぇ。その制服。
しわだらけのカスまみれでとても客商売とは思えないよ」
客が運転手の胸元を指差しますと
「制服ねぇ。たしかにツレがいないもんで少しばかり汚れてはいますがね。
別に服が運転するわけでもナシ、迷惑にならんでしょう」
「あきれた・・・。客商売は清潔感が大切なんだよ。まぁ100歩譲って制服は
見逃しても、あなたの口臭は酷いねぇ。鼻が曲がりそうで迷惑だよ」
段々とケンカ腰になってまいりますが、運転手は気にするそぶりもなく
「口臭?そりゃぁ、ついさっきまで餃子を食っていましたから。でもお客さんが
待っていると思ったから、歯も磨かずに来たんですよ」
「おいおい、あなたは客を待たせてメシなんぞ食っていたのかい?」
運転手は一瞬「しまった」という表情を致しますが、直ぐに強気に戻りまして
「私も人間ですから、メシぐらい頂きますよ」
と、居直ります。この頃から運転手の様子がおかしくなりまして・・・
----- 後編へ(1/31) 続く ---
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