この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
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怒りに我を忘れたリークは短距離ミサイルの弾頭を核へと変え、池袋を射程に収めるために東京湾へ向かっていた。
東京湾の手前まで来ると、電子妨害はレーダーを殺し、目視警戒を余儀なくされるほどだったが、すでに上陸作戦で経験済みのリークは動じることなく東京湾へと船を進める。
「護衛艦はここで待て!あの篠原のことだ。核は読んでいるだろう。核を撃つ前に沈める‥‥合理的だが、指揮官として作戦が浅い」
護衛艦はギリギリ最低限の電子機器が機能する地点で停泊し、東京湾へ近づく船舶があれば、無条件に破壊するミッションに入る。
単身東京湾へ進む空母クシャルボコス。操舵手が不安そうにリークの様子をうかがう。
「クシャルボコスとはいえ、単身で敵陣へ入って大丈夫でしょうか…」
「この電子妨害下での脅威は、怪物だけだ。総員機銃を取れ。有効なのは確認済みだ。対空砲は手動モードで散弾弾頭を使え」
この言葉と同時に電子戦オペレーターが、紙に書かれた池袋への射角と起爆タイマーの時間を持ってくる。
リークはその情報を眺めつつ、低い声でうなる。
「精密機器が使えないなら、使えるところで結果を出し、持ち込めばいい。簡単なことだ」
時間と共に表面的な怒りは消えつつあったが、リークの瞳の奥にはなお怒りに滾る炎が宿っていた。
20分後、湾内に入る。
すると靄の中に艦影のようなものが見え始めた。靄の中の艦影からクシャルボコスへ1機のグライダーが射出される。
リークは双眼鏡を手に取ると、グライダーを確認する。グライダーには日本とタラメアの国旗が両翼に書かれ、その後ろに光ケーブルらしいものが光って見える。
ーー罠か?いや、この状況で罠を張る意味は薄い。日本の先制攻撃と見るべきか?
リークが思案していると、艦影からモールス信号が送られる「ツ・ウ・シ・ン・キ・ヲ・ウ・ケ・ト・レ」
ゆっくりと近づいてくるグライダー。双眼鏡を覗くリークはその奥に僅かに見える黒い点を発見する。
ーー怪物だ。即座に理解したリークは応戦命令を優先する。
「怪物が来るぞ!前方の艦影が囮になるはずだ!抜けてきたヤツらを叩き落とせ!」
驚くほどの速さで、前方の艦影に近づく怪物。しかし、リークはさらに驚愕することになる。艦影が怪物に対して迎撃を始めるとその風圧で靄がブワッと晴れ、その姿が鮮明になる。
その姿はまるで旧世界大戦時を思わせる、巨大な鉄の塊。46cm砲と思われる巨大な砲塔を前後に備え、両舷には無数の対空機関砲。普段なら鉄くずともいえる旧式の戦艦であった。だがリークは即座に理解する。このエリアに限定すれば、この巨艦は最適解であると。
4km離れたクシャルボコスにも戦闘音が伝わってくる。響く重低音と、機械的な機関砲の音が空母内まで届いた。
クシャルボコスの高官たちはリークの顔を見る。高官たちの顔色だけで、答えは十分だった。
戦況に気を取られていると、グライダーはもう、空母の数百メートル目前まで迫っていた。リークは腹をくくりグライダーを回収する。すると、グライダーは想像以上にシンプルで、機体のほとんどは格納スペースだった。格納スペースには黒い通信機と思われる丸い機器が入っていた。そして案の定、光ケーブルが内部から伸び、巨艦とつながっているようだった。
「爆弾では?」
一人のクルーが呟くと、甲板がパニックになりかける。だがリークの一言ですぐに収束する。
「あの巨艦の主砲であれば、姑息な手を使う必要ない。つまりこれは間違いなく通信機だ」
スイッチを捜すリークを見ていたかのように、球体からAI篠原の声がする。
「聞こえますか。篠原です」
無線もろくに使えず、レーダーも効かないような状況で、肉声のようにクリアな通信に、リークは思わず応じてしまう。
「なぜ精密機器が使える」
AI篠原は予想通りの答えに即答する。
「私はこの現象をずっと観察して気づいたのです。この電子妨害は我々もまた利用できると。そんなことより、あなたに知らせがある」
球体を囲む船員とリークは顔を見合わせて、電子妨害を利用できることよりも大きな知らせに興味が移る。
リークはハンドサインで工兵に球体を船室に運ばせると、話を続けた。
「一体何の知らせだ?いまさら退避勧告でもないだろ。俺はお前にもムカついてるんだ。こんな球は海に投げ捨ててもいいんだぜ」
篠原は全く動じない。
「その割にはご丁寧に船室に引き込んでもらったようで。丁重な扱いに感謝します」
別にカメラやセンサーが付いているわけではなかった。ただ声の反射が変わったことで篠原は状況をすぐに分析してしまったのだ。
そして本題に入る。
「私怨は後で聞きましょう。私も兄弟を自称する大佐が研究室に無断で侵入した。
これについては、意図を聞きたいと思っていたところです」
リークの顔が濁る。単独侵入はごく限られた士官しか知らない極秘行動である。それを暴かれた動揺が、わずかに顔に出た。
篠原はたたみかけるように続ける。
「あなたの目的は既に破綻しました。あなたのミッションは秘匿兵器の残骸の処理。ですが、残念ながら我々が既に解析し、自衛隊のDBに登録してしまいました。
AIを用いた相互リンクシステム。二台の車両を役割特化させることで強みを倍増させる。その新世代兵器としての発想は素晴らしい。
しかし、部品の組み合わせは良くない。政治的な関与でしょう。最善を選べないのはつらいですね。兄弟」
突然の秘匿情報の解析結果に、士官たちのざわめきはさらに強まっていく。
「本当か?ブラフじゃないのか?」
「いや、もし本当だとしたら、もう攻撃する意味は…」
「残骸を回収したのか?衛星写真ではそんな様子はないが‥‥」
リークだけは確信していた。手段はわからない。だが確実に解析されている。
「転進。本国へ帰投する」
先ほどまでとはまるで別種の、力の抜けた命令だった。核使用という重圧が去ったのだと、タラメア兵たちにもすぐに伝わる。艦内の空気はわずかに日常を取り戻した。
だが、篠原の通信は終わっていない。
「大佐。手ぶらで転進ですか。ずいぶん丸くなられた。東京湾への侵攻は明らかに領海侵犯です。軍事裁判が待っていますが」
リークは無言で拳を握る。
「大佐、あなたは我が国の兄弟として我々を支援するために、東京湾に侵攻したのです。我々の任務はお台場に浮くUFBの居城デスランドの破壊」
「この戦艦『防雷』は電子機器を使っていません。射角、射撃統制は私の観察と暗算。そして指揮は足立隊長の経験です。情報をリンクします。そちらも手動で照準を合わせてください。ともに撃ちましょう兄弟」
すぐさま、球体の側面に文字が浮かぶ。
それは、現在の空母の位置から、正確にデスランドを攻撃するための座標情報であった。
「防雷の火器でUFBの大半を引き付けます。そのすきにその射角で直上から通常ミサイルを叩きこんでください。電子制御は全てオフ。大丈夫です。当たります」
この会話の最中もずっとUFBの波状攻撃を受けている防雷。しかし、武骨な鉄の塊は皮肉にもUFBに対してこれ以上のない強さを誇っていた。
ーー勝てる。そしてあの高官の死に花を添えられる。
リークの決断は誰よりも早い。