ある私有シェルターの代表、日本有数の実力者、大荻山《おおぎやま》剛三郎《ごうざぶろう》は、私兵と要人・愛人のみを連れてシェルターを出て、東京脱出を試みていた。
しかし、地下のシェルターから大型エレベータで地上に出た車列を襲ったのは、エーテルによる大規模なシステム障害だった。戦車の駆動系など構造的に単純な部分は動いていたが、早期警戒システムや自動照準システムなど精密機器に関しては機能が停止。
最高性能のタラメア製の戦車や装甲車も精密機器が動作しないとなれば、ただの硬くて重い戦車である。
すぐに私兵のリーダーが大荻山に指示を乞う。
「先生。想定以上にジャミング(電子妨害)が強い。そのせいで、性能の高いシステムが全く使えません。脱出を取りやめますか?」
大荻山の回答は早かった。
「何を寝ぼけている! 自衛隊の兵器はドローンやロックオンシステムを使用していた。つまり、このジャミングには穴がある。少なくともR連隊との戦闘地域まで行けば弱まるはずだ! 進め!!」
号令をきっかけに、車列は埼玉方面へ移動を始めた。先頭はタラメア製の最新鋭の戦車YA-24と装甲車DD-24である。そのあとに私兵を乗せた輸送トラック、バス、自家用車などが続く。
一人のリーダーがつぶやく。
「YA-24。なんて恐ろしい戦車なんだ。精密機器が使えない状態でも進行方向にある大きな瓦礫は崩し、後続車両が通れる程度の“地ならし”をしやがる。まるで道を切り開きながら進んでいるようだ」
すると隣の隊員が答える。
「馬力も重量も自衛隊の25式とは比較にならないスケールだからな。さらにこいつは大荻山さんの指示で、オプション装甲のARM40(前方掃討機構)とSUB11F(全方位対ドローン迎撃機構)を装備している。最強の中の最強だな」
しばらく前進していると、突然「ピピピッ」と計器の起動音が鳴り始めた。どうやら精密機器が息を吹き返したようだ。
直後に大荻山から指示が飛ぶ。
「予想通りだ。ジャミングには穴がある! 索敵ドローンを上げろ!」
装甲車DD-24の上部はドローン格納庫になっている。格納庫の扉が重い音を立て開くと、8基のドローンが勢いよく舞い上がった。
装甲車の中にあるモニターに映し出された索敵情報の範囲は、驚くべき速度で拡大し周囲のガーゴイルを発見する。
大荻山はモニターを睨みつつ呟く。
「どの敵も遠い。そして動く気配もない。やはり暗闇ではヤツラは鈍い。このまま瓦礫の山を抜ければ先日の戦闘の高熱で溶けた区域に入る。そこまでだ。そこまで行けば速度が出せる」
20分後、ついに大荻山の車列はR連隊の残骸が点在する区域までやってきた。その時、索敵システムが反応する。
「何事だ!」
大荻山が無線で声を張る。
「後方より急速に接近する敵影です。数2!」
大荻山は直ぐにその正体を看破した。
「例の王とか女王とかいう特殊個体だ! 一般車両は散開しろ! YA-24とDD-24は光ファイバーリンク。座標をYA-24へ送信! YA-24はSUB11F(全方位対ドローン迎撃機構)で迎撃!」
まるで軍人。一般人である大荻山がタラメアの兵器を持っていた理由はここにある。彼は兵器マニアなのだ。彼は実力者である。その分だけ命も狙われてきた。
自分の命を守る武器――それは護身用ナイフから始まり、銃、機銃と強力な兵器になり、行きついたのがこのタラメア製の兵器である。自分の命を守る武器だけに、その性能は熟知していた。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
同時刻、ベルガンとサーチは合流し、大荻山の車列を追っていた。
サーチがすぐに異変に気付く。
「ベルガン、人間の車列が散開を始めたわ! あとはドローンが8機上がってきたわよ!」
ベルガンも答える。
「創造主様がエーテルを抑えたからな。ご自慢のコバエが動けるようになったのか! まずはコバエを潰すぜ!」
ベルガンはサーチの視覚共有でドローンを察知すると、一直線に破壊に向かう。
すると、狙われたドローンは即座にベルガンから離れ始める。
「クソがぁ! 逃げてやがる!」
ベルガンがさらにギアを上げた。その瞬間、サーチが制止を促す。
「危ない! よけて!」
ベルガンがその声を理解した瞬間、「ドン」と鈍い衝撃がベルガンの横腹に刺さる。
「痛ってえ!」
「続けてくるわよ! 上昇して!」
反射的に急上昇するベルガン。僅か数秒後に、数発の弾丸が通過していく。
「ベルガン! 私たちの位置がかなり正確に知られているわ! 一旦距離を取りましょう!」
だがベルガンは知っている。距離が離れれば人間が有利になることを。
「駄目だ! むしろコバエを落とし、接近する!!」
そういって、姿勢を立て直したベルガンに再び弾薬が刺さる。「ドン!」
「ぐあああああ!」
ベルガンは上下左右に回避行動を行いつつ、最も近いコバエ(ドローン)を目指す。
だが、ドローンは狙われると離れていく。
「くっそ! コバエの分際で!!」「ドン!」
「ぐああああ!」
サーチがしきりに通信を入れる。
「ベルガン! 相手はあなたの回避を計算し砲弾を撃ってきている! 回避を複雑に!!」
サーチがベルガンに意識を向けていた隙を、ドローンは見逃さない。
「ドン!」「きゃぁ!」
サーチの脚部に着弾。サーチもベルガン同様、肉体の強化を受けているため一撃で致命傷を受けることはない。
だが、タラメアのYA-24のSUB11F(全方位対ドローン迎撃機構)は大型ドローンを想定した自動迎撃システムである。
それゆえに威力の高い弾薬を装備している。
「サーチ! クソ!!! コバエはダメだ! 追えば逃げる! 深追いすれば撃たれる! 先にあの戦車をブチ壊す!!」
ベルガンはサーチが被弾したことで、怒りがさらに増加する。
「ベルガン! だめ! 直線的な動きは相手の――」
言いかけた言葉が終わる前に多数の着弾音。
「ドン! ドドドン!」
「うおおおお!」
被弾しながらもさらに加速するベルガン。
するとタラメアの戦車YA-24の主砲がベルガンを捉える。
「いけない!」
サーチは急降下してベルガンを止めに入る。
当然この直線的な動きも、迎撃システムの餌食となる。SUB11Fの特徴の一つが、主砲とは独立した複数の砲門からなるドローン迎撃攻撃にある。
「ドン! ドドド! ドドン!」
サーチの体に何度も激痛が走る。サーチは新しい体で手に入れた自己硬化能力で、何とか砲弾のダメージを軽減する。そしてさらに加速。ベルガンを助けるため、シールドの展開準備も進めていた。
「お願い! 早く! 早くシールドを!」
サーチのエーテルシールドは、周囲のエーテルを集約し物質化することで盾として機能する。その特性上、エーテルの濃度が低い地域では、必要なエーテルの集約に時間がかかる。
ベルガンもSUB11Fの砲弾を正面から浴び続け、速度が落ちつつあった。
そしてついに、主砲の射程に入ってしまう。
「ズウウウン」
YA-24の主砲が重音を上げて火を吹いた。三種の火薬を多層的に詰め込まれた砲弾は、発砲後に加速する推進力となる火薬、相手の戦車の装甲を貫通して内部でまず小規模な一次爆発、そして強烈な二次爆発で大きなダメージを生む機構だ。
この主砲が直撃すれば、ベルガンといえど無事では済まない。
だが、SUB11Fの砲撃で姿勢を崩されるベルガンも、これを避ける術はなかった。
直撃。
そう見えた瞬間、サーチがベルガンの盾となって割って入った。
エーテルシールドはまだ完全には展開できておらず、主砲の貫通を許す。そして一次爆発。サーチはベルガンに向かって大きく吹き飛んだ。そして直後に二次爆発。大量の鋼の屑を含む殺傷力の高い爆風が、サーチの体に無数に刺さる。
「あああ!」
思わずサーチの声が漏れる。
ベルガンがサーチに目を向けると、あの美しい右腕と足の一部が大きく損傷していた。一方ベルガンは、サーチが盾になったことで大きなダメージは受けていない。
――また助けられた。
ベルガンは己の顔面を殴ると、サーチを抱きかかえ、射線から離れるため、瓦礫の奥に着地した。
「サーチ。すまない」
傷ついたサーチを眼下に置いたベルガンの表情は、かろうじて知性を保っていたが、怒号に満ちた猛獣のようになっていた。
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