神災《じんさい》から20日が経過した。
防衛省の大臣「大仲 晴彦《おおなか はるひこ》」の大胆でスピード感のある政策の効果もあり、東京の生存者は私有のシェルターに避難している富裕層と、国有シェルターに避難している一般人。そして政府の閣僚や事務次官があつまる内閣シェルターに分かれて生き延びていた。
ガーゴイルは東京23区を中心に無数に地上と上空にはいかいしている。そんな状況でも、地下鉄に関しては自衛隊によって治安は守られ、申請すればシェルター間の往来も許されていた。
目先の脅威が去ると、大仲大臣への野党議員の追及が本格化してきた。
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内閣シェルターにて答弁が行われていた。
質問しているのは、野党第一党「立国平和党」の党首「津田 一郎《つだ いちろう》」だ。
「まずは大仲大臣。スピード感のある避難対応について、私個人として非常に評価すべきだと感じております」
「その前提でお話ししますが、大切なことは持続可能であることであります。各シェルターにあと何日くらいの食料、燃料が残されているのかご回答ください」
大仲はまっすぐに手を挙げると、マイクに立つ。
「その件について、何日という期限はお伝え出来ません。なぜなら、食糧も燃料も日々、自衛隊の皆様、そして民間の方々が補充していただいており、変動しているからです。一つ言えるのは、その補充がすべて止まったとしても最低10日間の備蓄は各シェルターにあります。食料が必要としている人に食事を届ける。これについてはどのシェルターについても十分に対応可能であります」
再び津田が質問する
「では大臣、埼玉のシェルターも十分に備蓄があると。あのシェルターは一度破棄されたものを修繕して使用しています。食料も燃料も全く備蓄されていなかったと思いますが、改善されたと認識してよいですか?」
「はい。埼玉については当初こそ食糧が不足気味ではありました。しかし埼玉の商社の方、農家の方、一般の方から本当に多くのご支援をいただき、今では他のシェルターと同等の備蓄を行っています。これには大臣として、協力していただいた全ての方に感謝を申し上げたいと思います」
質問者の津田は、わずかに笑みを浮かべ少しうなずくと質問を終えた。備蓄状況については津田も事前に知っていた。これは"あえて"追及という形で大臣に答弁を迫り、国民にシェルターの状況を知らせ、安心させる津田流のパフォーマンスであった。
次に野党「帝都復権党」の「舞岡 幸三《まいおか こうぞう》」の質問だ
「大仲大臣はスピード感を重視したといいますが、その結果として地下鉄の駅に向かう途中に多くの国民が命を落としています。自衛隊を地上に派遣して、地上にも避難経路を作らなかった責任をお聞かせください」
再び大仲が回答する
「大臣である私が、決断し権限の下でおこないました。当然責任は私にあり、その一つとして今、説明責任を果たしています」
舞岡は声を大きくして追及する。
「では説明してください。見殺しになった国民への責任はどう取られるおつもりか?」
この攻撃的な質問にも大仲は屈しない。
「見殺しといいますが、どこから避難してくるのか予測もできない状況でした。その状態でむやみに自衛隊を地上に出せば、地上は危険な状態ですので、自衛隊にも被害がでる恐れがありました。それに、これは後から自衛隊員から聞いて驚いたのですが、自衛隊の皆さんは地下鉄の入り口で待機して、避難民を見つけた場合は、危険を顧みず地上へ出て地下鉄へと誘導したそうです。私は、防衛省の担当大臣として、彼らを代表しているわけですから、彼らの勇気ある行動を称賛《しょうさん》することはあっても、見殺しにしたという認識には断固否定します。」
舞岡はそれでも勢いを止めない
「あなたが地下鉄へ避難を促したばかりに、隠れていた場所から移動して死亡した人も沢山いる。それを称賛するなんて理解できません。では質問を変えます。リスクを負ってシェルターに避難した人々ですが、ずっとこのままとはいきません。地上の奪還はどうされるお考えですか?」
「舞岡さん、奪還というのはつまり自衛隊を地上へ出す計画があるかということでしたら、計画はありません。シェルターの方々は時期を見て県外に脱出していただくつもりです。今、一番大切なのは地上の奪還ではありません。生き残った人々の命であります」
「それはご冗談ですよね?大臣の発言は未曽有の災害に直面したら、東京を捨てるということですよ?東京に資産を持つ人、思い出のある人、なによりもこの国の首都をテロリストに明け渡せというのでしょうか?」
この言葉に呼応するように「帝都復権党」の議員たちが声を上げる
「そうだー」
「首都だぞ、首都!」
「皇居を放棄するんですか!」
「無責任すぎるぞ!」
一気に過熱する議場。
「静粛に!」
議長が静止をかけるが「帝都復権党」のヤジは止まらない。
すると先ほどの津田が手を挙げてマイクに立った。
「野党を代表して申し上げます。地上の件ですが。これについては私も思うところはあります。今、「立国平和党」の党内で提案をまとめています。よろしければ「帝都復権党」の皆様もご参加いただき、作成しませんか?」
野党第一党と協力を組める。この美味しい話に「帝都復権党」は直ぐに乗った。
「では、大仲大臣、地上については我々「立国平和党」と「帝都復権党」で提案を少し協議のお時間をいただきますが、お出ししますので、大仲大臣だけではなく、与党の皆様でこれを吟味していただければと思います」
こうして、議会は何とか終了したが、「帝都復権党」を中心とする地上奪還派が勢いを持つ結果となってしまった。
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立国平和党 控室──本会議終了直後
「……代表、いまの発言、党の了承は得ていませんよね?」
控室の空気が一瞬凍る。
言ったのは、一期目の若手議員・矢部(やべ)だった。
不安と苛立ちがまざりあった声。周囲の同僚も、どこか同調するように目を向けている。
津田は、テーブルの上の書類を手に取ると一瞬矢部を見て、すぐに視線を落とし椅子に腰を下ろす。
そして、ゆっくりと水をひとくち飲み、テーブルに戻した。
「……まぁ。これも政治だよ。」
それだけを言って、視線を矢部に返さない。
控室の空気がまた、ざわつく。
その沈黙を断ち切るように、ひとりの年配議員がゆっくりと立ち上がった。
「矢部君、そして君たちも。あの発言を“地上奪還の開始宣言”と受け取ってはいけないよ」
「……でも、あれじゃまるで、我々も計画を持っているように──」
「“持っているように見せる”必要があった、ということだ」
矢部が困惑を露わにすると、年配議員は歩を進めてそっと手を肩に置いた。
「舞岡議員は、党派を越えた復興協議の場を“自分の理想を語る場”にしていた。
津田代表は、ああいう場で感情を煽られて政治が停滞するのを、何よりも恐れている。
現場ではまだ自衛隊が必死に活動を続けている。時間が、命を左右することもある。そういうことだよ」
「でも……じゃあ、地上奪還は、やるんですか? 代表の言葉を信じた国民が──」
「“計画書”は作るさ。だが、中身のページは白紙でいい。
ページ数と予算目録だけ、派手にしておけばそれで良い。
あれは“見せる計画”だ。“やる計画”じゃない」
若手たちは黙り込んだ。
その言葉の重みを、それぞれの心で咀嚼《そしゃく》していた。
年配議員は落ち着いたトーンで咀嚼《そしゃく》を助ける。
「理想を語る時間が、現実を壊してしまうこともあるということだよ」
机の端で、津田は依然として書類に視線を落とし、何も言わなかった。
ただ静かに、一行ずつ赤ペンを走らせていた。
まるで、騒がしさなど聞こえていないかのように。
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編集後記:明日、定例外更新で対決③を掲載します。
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