神災《じんさい》から25日が経過した。
防衛省の大臣である、大仲《おおなか》 晴彦《はるひこ》は野党の攻勢に苦しんでいた。
ーー早く国民を安全な場所へ避難させないと。
ーーしかし、今や避難民は10万人になっている。
人口140万人の大都市東京。あの大災害で10万人もの人々が国有シェルターに避難できたのは、大仲大臣のスピードのある政策と的確な意思決定の成果である。
だが皮肉にも、この人数が避難先の選定に大きな影を落としていた。
ーー1万でも、2万でもいい。受け入れ先はないのか。
大仲は、あらゆる分野の受け入れ先と調整をしていたが、数万人の単位の避難先となると簡単にはみつからない。
そこへ追い打ちをかけるのが野党「帝都復権党」の掲げる「地上奪還論」だ。
SNSの巧みに使い、大仲を弱腰と揶揄《やゆ》し、世論の大きな流れとして「避難よりも奪還」という風潮が時間とともに増していた。
国会答弁では野党第一党である「立国平和党」が地上奪還案を野党内で提案を取りまとめ中という形で、帝都復権党の攻勢を抑えてくれているが、世論も地上奪還に流れていく中で苦しい国会が続いた。
この日、ついに帝都復権党の舞岡議員が立国平和党の制止を無視して切り込んだ。
「大仲大臣。もうすぐ災害からひと月が立ちますよ。いつまで国民を地下に閉じ込めておくつもりですか?」
大仲も切り返す。
「シェルター内の状況は安定しています。自警団方々の協力もあって治安もいい。食料も燃料も十分にあります。
そのうえで、やはり県外への脱出も必要ですから、受け入れ先と調整をしています。
まずは、医療が必要な方を率先して2日後に脱出できるように、受け入れ先の病院が必死にベットを準備してくれています」
先ほど調整がついた内容をカードして切りかえす。病院の確保について、この数日で調整できたことは、昼夜を問わない大仲と官僚たちの成しえた奇跡にも近い。
だが、舞岡は止まらない
「医療が必要な人を逃がす。そんなの当然ですよ。では大臣、その他の多くの避難民について、いつ、どのように脱出できるのでしょうか?」
「舞岡さん、まさに今、その調整をしています。シェルターには10万人もの人々がいるんです。安全にかつ、継続的に避難できる場所、避難ルートには慎重になるべきです。
先ほど申し上げたように、シェルターは安定しています。国民の安全を考えるのも私の仕事だと認識しています」
「そうでしょう。10万人の避難なんて難しいのです。ですから大臣、私たち帝都復権党が最初から申し上げたように、地上奪還が最も現実的で優先すべき課題ではありませんか?」
すかさず立国平和党の津田が割り込む
「舞岡さん、その計画は立国平和党と帝都復権党で提案書を作成している最中です。ここで大臣に提案しても大臣も判断に困ると思いますよ。提案書をもって、別途議論しませんか?」
野党第一党の党首である津田の心証を悪くして提案書が遅れることを危惧した舞岡はトーンを落とした。
「わかりました。では、最後に一言だけ大臣に進言をして答弁を終えます。」
「大仲防衛大臣、自衛隊のレールガンは何のために開発したんですか?地下鉄の防衛に100両近い戦車は必要ですか?東京にある歴史的な建造物、私有のシェルターに取り残された人々は放置ですか?
防衛大臣というのは避難誘導係でしょうか。国土を防衛しないんですか?以上です」
この発言は中継を聞いていた神災を受けていない地域を中心に、大きな共感を生んだ。
「弱腰大臣」「地上奪還」「自衛隊は国土を守れ」と地方の国民が声を上げ始め、大仲の活動に支障をきたすほどであった。
当初は形だけの「地上奪還計画案」を作成する予定であった立国平和党も、ある程度まじめに取り組まざるをおえない状況に追い込まれた。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
翌日の国会。
まずは、大仲が現状を説明。
続いて津田が地上奪還計画に切り込んだ。
「帝都復権党の皆様と協議している地上奪還計画についてお話します。大仲大臣はずっと県外脱出をお考えでしたが、私はこれが実際の避難民の皆様のご希望なのか、この点についてずっと疑問でした。
普通に考えて、住み慣れた土地を捨てて知らない土地に避難をするのは誰だって心配があるのではないでしょうか?」
この切り出しに、帝都復権党が前の面りに声を上げる。
「そうだ!」
「シェルターの人々の気持ちも考えろ!」
「地上を奪還するしかないだろう!」
だが津田の奇策に絶句することになる。
「この3日間、3つのシェルターの避難民の方々に私を含め、立国平和党の議員が現地の声を聴いてきました」
「私は驚きました。どのシェルターの幅広い年齢層、しかも性別を問わない皆様が、大仲大臣をとても高く評価されているんです。皆さん避難生活に不満はあるそうです。ですが、それ以上に
大仲大臣への感謝の気持ちが大きいと。我々の調査では他県への脱出に対して賛成75%反対20%無回答5%という結果です」
「また脱出するとしたらどれくらい待てるか?という質問には3ヵ月が一番多く、中には無期限でもよいという意見もありました。明日ですか。医療が必要な人が避難できれば、健康な大多数の方の避難には
少し時間がもらえるということが分かりました」
思わぬ援護に大仲は内心驚いていた。野党第一党の津田はいわば与党で大仲の最大のライバルであった。
だが、津田も単なる擁護ではおわらない。
「ただ、地上の奪還に関しては、期限を定めずにしてほしいという声が80%以上ありました。ですから、私は大仲大臣の進める脱出計画と、平行して地上奪還案も時間をかけて精査していくことで
確実性があがると思います。どうですか大臣?」
事実上の地上奪還計画の「延期」である。
この発言に舞岡は声を上げずにはいられない。
「津田さん。何を言ってるんですか?早々に地上を奪還しないと、私有シェルターの人々が死んでしまいますよ!津田さんまで弱腰でどうするんですか!!」
無断発言に議長から注意を受ける舞岡を横目に津田が手を挙げてマイクに立つ。
「私有のシェルターについては、確かにそうですね。私も少し配慮が足りておらず、捕捉します。地上の奪還と私有のシェルターの救出は別軸で進める方向で大臣には考えていただきたい。
私有ですので、何日分の備蓄があるのか。耐久性の詳細も分かりません。国民の救出は自衛隊の任務であり、これは流石に大臣にも早急にご対応いただきたいと思います」
こうして、地上奪還計画は「延期」、救出計画のみ早急に実行というシナリオが成立した。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
帝都復権党 控室──本会議終了直後
「舞岡さん!なんで延期に同意したんですか!!」
帝都復権党のNo2の議員が早々に詰め寄った。
「せざるを得ない!反対したら津田は必ずいうぞ ”帝都復権党の支持基盤である富裕層を助けたいだろ”ってな」
「そんなこと全国中継で言われたらウチも、支持者も大損害だ。うちらの都合で自衛隊を動かすように受け止められたら選挙も大敗決定だ!」
その言葉に帝都復権党の議員も、苦々しい顔で見つめあった。
ーーこの代償は必ず払わせるぞ。津田ぁぁ
舞岡の怨念が控室にこだまするようだった。
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