2025年5月8日木曜日

【小説】人類アンチ種族神Ⅱ 《神災》

 秋葉原・中央通り 午後二時二十八分


「コメントの波が止まらない……!」

ミナトは震える手でスマホを握りしめた。


画面には猛スピードで流れる《秋葉原が燃える!》《渋谷でも爆発!》といった文字の奔流。その視界の向こう、現実では悲鳴とガラスの割れる音が重なり、まるで文字列が音に姿を変えたかのように錯覚する。


コトハが黒い怪物に掴まれ、上空から落とされる瞬間——。

石畳に当たった骨はバラバラに砕け、鮮血が水風船を破裂させたような音を立てて四散した。まるで生きた人間がどのくらいの高度から落下したら砕け散るのか確認したかのような無機質な行動に、ミナトの恐怖は一気に跳ね上がる。


「やめろ、配信を切れ……!」

理性が囁く。しかし視聴者数は跳ね上がり、虹色の投げ銭通知が止まらない。

──このまま続ければ大金が入る──でも映し続けるのか? 友だちの死体を……

──俺だって逃げなきゃ死ぬ!


三つ巴の葛藤が胸を掻きむしる。結局ミナトは配信停止ボタンを強くタップした。


ポケットのスマホが通知の振動で熱い小石のように脈打つ。

そのとき足元のアスファルトが波打った。ビルの看板が落下して地面を叩きつけ、路面が跳ね上がったのだ。ミナトは咄嗟に身を伏せた。


◆   ◆   ◆


 渋谷警察署・交通管制室 午後二時三十一分


「カメラ12番、信号も電源も落ちました!」

新人巡査・千田美里の声が裏返る。壁一面のモニターでは、スクランブル交差点が炎の渦となっている。


隣席の警部補が唸った。

「EMPか? 磁気嵐で機器がやられてるのか?」


美里は息を整え、冷静さを装って答えた。

「磁気嵐にしては局所的かつ範囲が広すぎます。衝撃による破損が濃厚です!」


スピーカーからは途切れ途切れの報告と悲鳴。

「スクランブル、封鎖不能! 封鎖車両が炎で溶解!」

「未確認飛来生物、頭上通過!」

政府が決めたばかりの汎用呼称“未確認飛来生物(UFB)”が、無線ごとに語尾を震わせた。


◆   ◆   ◆


 SNSタイムライン(日本時間 14:33)


 #秋葉原壊滅  12,400件/分

 #渋谷炎上    14,900件/分

 #デスランド   18,200件/分


秒単位で積み上がる真偽不明の動画と悲鳴。突然、お台場上空を撮影した写真が爆発的に拡散される。

巨大な岩盤と黒い尖塔——投稿者は「#デスランド」と添えた。


千田美里の端末にもその画像が流れ込み、彼女は息を呑む。

「UFBだけじゃない……お台場の空に島? 合成じゃないの?」

コメント欄が一気に恐怖と絶望の単語で染まる様子が、モニターの色温度を下げていくようだった。


◆   ◆   ◆


官邸・緊急対策会議室 午後二時四十六分


「静粛に!」

内閣危機管理監・大江は拳で円卓を叩いた。


大型モニターには、お台場上空に静止した浮遊岩盤と尖塔。カメラがピントを合わせるたび、尖塔の周囲に黒いモヤが絡みつく。


防衛庁の技官が青ざめながら報告する。

「UFBが都内数か所で同時発生、尖塔周辺にも多数確認。しかし発生源は不明のままです!」


「尖塔を破壊したらどうなる?」

技官はその案の浅さに眉をしかめ、眼鏡を押し上げた。

「瓦礫が落下すればお台場一帯は壊滅です」


大江はかぶせるように問いを重ねる。

「被害を無視すれば対空ミサイルで破壊できるのか?」


技官の上司、制服組の統合幕僚監代理が腕を組んで椅子を軋ませた。

「安易にミサイルなんて撃てませんよ。標的ロックは不安定、誘導エラーは頻発。それに民間機がまだ上空にいる。万が一巻き込めば――責任は取っていただけるんですか?」


責任という単語で勢いは失ったが、大江は続けた。

「ならレールガンは? 尖塔だけを穿てばいい」

代理が鼻で笑った。

「射程も威力も足りませんよ。あの乱流じゃ弾道の予測もできません」


嫌味と苛立ちが交差し、会議室の空気はさらに鉛を載せた。

大江は二人を睨みつけ、唇の端で呟く。

「否定はするが代案は出さない。さすがは制服組ですな……」

そして腕を組んで黙ってしまった。


緊迫した沈黙を破ったのは、ビル全体の微かな揺れだった。非常灯が赤く点滅し、モニターの映像が一瞬ブラックアウトする。

大江は口元を硬く結び、決定的な一文を呟く。

「今言えることは……空と地、二つの未知の脅威が同時に襲来した、ということだな。」


◆   ◆   ◆


 お台場上空・偵察ヘリ〈エコー1〉 午後二時五十二分


「官邸より。映像をもっと寄せろ!」

機長兼操縦士・安西一尉はヘッドセット越しの命令に苛立ちを隠せない。

浮遊岩盤の下面からは、雨雲のような黒いモヤの粒が次々滴り、風に乗って各方位へ散っていく。


「視界クリア。10秒後さらに30メートル接近」

その瞬間、計器が一斉に警告音を発した。

「高度計ノイズ! ジャイロ暴走!」


ヘリが見えない力に押されたように揺れ、ローターが軋む。

安西は操縦桿を引きつつ叫んだ。

「接近不能! 〈エコー1〉、機長権限で離脱します!」


副操縦士の山口三曹が青ざめた顔で続ける。

「安西さん!HUDオールレッド! コンパスもスピン!」


そこへ黒いモヤが凝集し、鋭い翼をもつ影に変わった。影はヘリと並走し、口腔から赤熱のブレスを吐きつける。

キャノピーに火柱——ガラスが蜘蛛の巣状に砕け、安西は絶叫した。

「でかすぎる……振り切れない!」


ヘリは海上を目指して急降下し、その機影は煙に飲まれていった。


◆   ◆   ◆


 秋葉原・中央通り 午後三時〇四分


ミナトは瓦礫の影に身を潜め、喉奥へまとわりつく甘焦げと鉄の匂いを吐き出した。


上空——ビル屋上から垂れ下がる電線がスパークし、その火花の裏で小さな黒いモヤが無数に生まれる。モヤは人型へ凝集し、翼を備えた影へ姿を変えた。


秋葉原、渋谷、新宿——都心の空は黒い斑点で埋め尽くされる。

夜空の星のように見えるそれは、確実に死を運ぶ種子だった。


「これを配信できたら……いくら投げ銭が来る?」

ミナトの口端が引きつる。同時に背中を汗が流れる。

「いや、スマホを構えた瞬間に俺もコトハのように……」


震える指がカメラ起動ボタンへ触れ、結局、長押しして電源を落とした。真っ黒な画面には、照明の消えた秋葉原と、自分の歪んだ笑みだけが映った。


◆   ◆   ◆


 SNSタイムライン(世界標準時 06:15/日本時間 15:15)


# Breaking: Mystery floating island appears over Tokyo metropolitan area.

 (速報:東京上空に謎の浮遊島出現)

# Breaking: Japan declares State of Catastrophe.

 (速報:日本政府、特別災害事態を宣言)

#PrayForTokyo  2,100,000 tweets

#Deathland     2,800,000 tweets


世界中のモニターが東京を映し、各国のニュースキャスターが声を失う。誰も正体を知らない黒い影と岩盤——。


人々は理解し始めた。日常の破壊は、これが序章にすぎないということを。





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