——トラックの運転手は、望んだ形で処理した。 だが、不思議と満たされた感情は少なかった。
神は玉座に腰かけ、思考の深みに沈んでいた。 静まり返った空中の城の一室に、重厚な扉の開く音が響いた。 扉を軽々と開けて入ってきたヴァロンの姿を見て、 神は改めて思う。人に近い姿ではあるが、やはり彼も怪物なのだと。
「お呼びでしょうか」
ヴァロンは少しうつむきながら問いかけた。 その声音には、どこか緊張の色が滲んでいた。
——ああ、エーテルで話し合うこともできたが、あえて直接ここへ招いた。 叱責かと誤解されたか。
「運転手の件、よくやってくれた。まずは直接、労いを伝えたくてな」
神の言葉に、ヴァロンの顔がわかりやすく緩む。
「いえ、神の命令は我らの存在意義そのもの。お褒めいただくには及びません」
——本当に感情のない存在なのか、疑いたくなるな。 その言葉の喜び方は、あまりに人間的だ。
「では、本題に入ろう。次の標的についての進捗を聞きたい」
ヴァロンの表情が切り替わる。職務遂行者としての顔になる。
「弁護士はポイント227の私設シェルターに籠城中です。既に何体かの同胞が突入を試みましたが、銃撃を受けて消滅。2日前からは完全に扉が閉鎖されています。 同胞の攻撃では、扉を破壊できなかったようです」
——ガーゴイルが倒された? 信じがたいが、事実なら相応の備えがあるのだろう。
「少し調べてみる」
神は、意識を地上へと滑らせた。
——地上3階、地下5階。耐熱・耐衝撃コンクリート三重構造。 偽装された外観。これは国家レベルの核シェルターだ。
その理由もすぐに判明した。 地下5階に政治家2名が監禁されていた。 この施設は元々、彼らの所有物。 弁護士はどさくさに紛れて入り込み、SPを買収して占拠していた。
——だが占拠だけではないな。 地下2階には、妻、娘、愛人2人、そして愛人の息子。
「家族もろとも押し込んでいるのか。所有者ごと追い出して……」
シェルターの入口には、重なり合って倒れた子供たちの遺体。
「政治家の家族か……邪魔者は処理したわけだ」
神はさらに調べを進める。 SPは.357マグナムを所持。首には爆薬装置。 弁護士に逆らえば、命はない。
地上部はSPと取り込んだ一般人の居住区。 巡回する若い女と体格の良い男たち。地下1階には倉庫と、拷問部屋。 逃げ遅れた一般人を連れ込み、奴隷のように扱い、時に慰み者としても使っていた。
彼が握る“支配”は恐怖と暴力によって成り立っていた。
ある若い女は、監視カメラの死角で水を多く使ったというだけで、地下1階に連行され、数時間にわたって拘束された末に、衣類をすべて焼却された。 彼女はそのまま、私設の慰み物として連日呼び出されていた。
別の男は、物資の配分に文句を言ったことで見せしめに指を一本ずつ切られ、最終的にはベッドフレームに鎖で繋がれ、食事も与えられず、もはや死ぬのも時間の問題といったところだが、助けることは許されないようだ。
それらの“制裁”は弁護士によって“法的に問題ない裁定”として記録されていた。自分の判断が絶対であることを誇示するための演出だった。
彼はこのシェルターで“王”となっていた。
——なるほど。だから若い女と逞しい男が必要だったわけか。
「357マグナムの弾を至近距離で受けたのなら、確かに同胞の運動機能も停止するか……」
神が呟くと、ヴァロンが視線を上げた。
「強力な銃器ですね。電子部品がない分、エーテルの干渉も避けられる……飽和攻撃で弾切れを狙いますか?」
——やはり賢い。
「いや、ベルガンに任せよう。銃は相手を“認識し、狙い、撃つ”までに工程が多い。 ベルガンの身体能力なら、狙われた瞬間にはすでに間合いに入っているはずだ」
ヴァロンは数秒沈黙し、検討する。
——神の言葉すら疑い、検証する。見事だ。
「その場合、入り口の突破が課題になります。 シェルター用の扉は並の攻撃では開きません」
「問題ない。ベルガンには“ファイアバレット”を持たせてある」
「……火の玉、ですか?」
「そうだ。周囲のエーテルを吸収し、体内で高温物質を生成して放出する。 ガーゴイルの火炎《ブレス》とは別物。威力は小型隕石並みだ」
「施設ごと吹き飛ばさぬよう、威力制御が必要ですね」
「その通り。ゆえに、今すぐ命令を出せ」
神が命じると、ヴァロンはすぐに通信を開いた。
《目標2:ポイント227。強力な銃器を所持。サーチは上空より索敵、ベルガンはファイアバレットで入口を破壊、侵入せよ。》 《ベルガンへ補足:過剰破壊は避けること。射線上への進入に注意》
神は静かに笑った。
——さて、第2幕の始まりだ。
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