東京都・秋葉原、午後二時二十三分。
高校生ストリーマー ミナト は歩行者天国でスマホ用ジンバルを構え、メイド喫茶の新人メイド コトハ を映していた。
「いいね! ライブも盛り上がってるよ!」
ピースサインを返すコトハに、コメント欄は《かわいい》《尊い》《いいね×100》とハートまみれ。
ところが画面の背景――青空の一点に、黒い“モヤ” がぽつりと浮かんだ。
ミナトがズームすると、コメントは一転してざわつく。
――《ドローン?》《ゴミ袋?》《なんか増えてね?》《上見ろ上!》《もっと拡大できる?》《やばくね?》――
モヤは濃度を増し、翼を持つ人型の影に変質。さらに真紅の裂孔がぽっかり開き、黒い怪物が誕生する。しかも一体ではない。あっという間に三メートル級の怪物が無数に形成され、東京上空へ散っていく。
◆ ◆ ◆
渋谷スクランブル交差点。
就活帰りの大学生 蒼井隆司 は赤信号で立ち止まり、ハンカチで額の汗を拭った。
横目に映る大型ビジョンではミナトのライブが転載され、“黒い怪物が増殖中” のテロップが躍る。
「今時の生成AIは何でもありかよ……」と苦笑した直後、頭上を覆うほど巨大な黒影が現れ、気温が一気に下がった。
影は凝集して羽ばたき、真紅の口腔を開く。
ゴゥッ!――炎が横断歩道を薙ぎ、観光バスが爆裂。ガラス片と悲鳴が雨のように降る。
隆司は反射で走り出すが、視界の端にはまだ“現実”を飲み込めずスマホを掲げたままの人々がいた。
◆ ◆ ◆
逃げ惑う群衆。
手を繋いでいたカップルが必死に走るが、ヒールの彼女は速度が上がらない。
「はぁ、はぁ……待って……!」
「だ、だめだ! もっと速く!」
振り返った彼氏は、黒い怪物が彼女を獲物と定めた瞬間を見てしまう。自分にも伝播する底なしの殺意。
「ごめん!」
彼は手を振り払い、群衆へ紛れて逃げ去った。
「ヤダ……待って! たすけ――!」
彼女の悲鳴が途切れ、骨の砕ける鈍音と焼け付く匂いだけが残る。
隆司は耳を塞いでも鼓膜の奥でその音が反響し、胃液がこみ上げた。
◆ ◆ ◆
秋葉原。
ミナトのライブは瞬時に炎上し、コメント欄は阿鼻叫喚。
――《やばい》《秋葉だけじゃない渋谷も燃えてるぞ!》《黒い怪物多すぎ》《ガーゴイルじゃね?》――
“ガーゴイル”という単語が怒涛の勢いでタグ化されていく。
「嘘だろ……これ、現実?」
ミナトがコトハへ視線を戻した刹那、黒い怪物が彼女を掴み無機質に天高く連れ去り――無慈悲に放り捨てた。
声にならない悲鳴がライブ音声に乗り、十万を超えた視聴者へと響き渡る。
ミナトの手が震え、カメラがブレる。
秋葉原駅前ビルの壁面にも怪物が着地し、コンクリートを爪で抉った。
誰も正式な名前を知らない。
それでもSNSのタイムラインはこう決めつけた――
『ガーゴイル』――それが、この黒い怪物の名だ。
――都市は、奈落へ落ちた。
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