こんばんは!管理人の緑茶です。
当サイトでは火曜は本の日ということで6回に分けて
全3本の短編小説を掲載します。
本日は第5回目ということで、3話目の前編になります。
1話目とはまったく独立した別のお話なので、この話からでも是非!
では、よろしければご贔屓によろしくお願いします。
~ バレンタインデー ~ (ばれんたいんでー) 前編
「平助~」
会社を出たばかりの若い男に、年配の男が声をかけて走りよってまいりました。
「あ、先輩!お疲れ様です!今日は火曜日、定時退社ですから一杯行きますか?」
若い男がビールを飲む手つきで誘います。
「いいねぇ。いや、やめておこう。今日は悪酔いしそうだ。うん。」
男はボソボソとつぶやくと続けて愚痴を始めます。
「まったく、火曜は定時退社。そのために、月曜は終電までサービス残業。火曜は
始発で出社。意味あるのかねぇ」
その愚痴に平助も同調します。
「先輩もですかー。私も昨日は終電逃して会社に泊まりですよ。火曜は定時退社の
日って逆に生活のリズムが壊れそうですよねー」
「ほんとソレだよなぁ。平助くらい若けりゃいいけど俺みたいな老体には厳しい
世の中だよ」
口ぶりとは反対に先程までヘトヘトだった男が少しばかり元気になってきました。
平助はコレはまずいと気がつきます。
「浜先輩は愚痴が始まると長いからなぁ。しかもループ癖があるし・・・」
平助はこのまま愚痴られたら折角の定時退社が潰れてしまうと話題を強引に変え
ようと致します。
「浜先輩、そういや今日はバレンタインですよ!イイ話とかなかったんですか?」
愚痴を中断された男は少々「ムスッ」としますが、話に乗ってきました。
「ウチはまぁカミさんが毎年何かしら用意されてるかな。それくらい、そっちは?」
「え?うちですか。結婚5年目にして去年から何もナシですよ。結婚前は手の込んだ
チョコクッキーとか貰ったんですがねぇ」
平助のちょっと寂しそうな物言いに浜が得意げに話し始めます。
「おい平助、お前さん結婚後も鯉みたいに口をあけてりゃもらえると思っている
のかい?」
「違うんですか?」
「そりゃそうよ向こうからしたら、もう結婚して安泰なのに見返りもなくサービス
なんてしないだろう」
「見返りですか?」
平助が会話を合わせるので浜はどんどん得意げに語り始めます。
「そう、まず嫉妬心とか世間体をあおるんだよ」
「世間体ですか・・・」
「いいかい、例えば・・・家に帰って「いやぁ、昨日バレンタインの義理チョコなん
て貰っちゃたよ」なんて言うんだよ。」
「へぇ。でも、変に誤解されませんかね?」
平助が少し怪訝(けげん)そうに尋ねますと
「そこは、ほれ、バレンタイン当日ではなく、前日に何かのついでで貰ったみたいな
話にするんだよ。」
「なるほどー。そんなんで効きますかね」
「十分十分、知らない他人様が義理でもチョコをあげているとなれば、妻として
何もナシってわけにはいかないわな」
「ほう・・・」
平助が納得しかかると、浜はかぶせるように続けます。
「いいか平助、これだけじゃダメ。これだけだと義務感に近い感じになるからイイ
ものはもらえないよ。もうちょっと突かないと」
「どうするんですか?」
「ニンジンをぶら下げるんだよ。チョコを上げたら「見返りがある」って匂わせる
んだよ」
「ホワイトデーのことですか?」
「そうそう。ただ、お返しって言うんじゃなくて・・・そうだな・・さっきの例えの
続きで言うならば「ホワイトデーには3倍返しって言うからな、そんな大げさな
チョコじゃなくて助かったよ」とか言うんだよ」
「いいかい平助、このくらい言っておけばアッチだって3倍ものお返しが期待でき
るんだ。しかもアッチはコッチの懐具合も知っている。となりゃぁ絶妙な
プレゼントが貰えるってもんだ」
そういうと、浜はちょいと自分のネクタイを引っ張り出して平助に見せ付けます。
「去年はコレ。ブランドモノのネクタイ。小遣いじゃちょっと買えないよなぁ」
嬉しそうな浜に平助が疑問を投げかけます。
「でも・・・ホワイトデーで3倍にして返すんですよね?結局損してませんか?」
すると浜はシタリ顔で
「馬鹿。3倍の品物なんて言ってないんだよ、ホワイトデーになったら家族でも
連れてちょっとお高い食事でもご馳走すればいいんだよ。」
「そんなんで納得しますかねー」
「するする。なんてたって、俺、アイツ、娘で3人分の食事代を負担してるんだ
金額的にもソコソコする。でもよーく考えてみなよ、そもそも自分も食べてる
し、ホワイトデーじゃなくてもたまにやっとく家族サービスだろ。そこをさ、
さも「お返しです」っていう体裁にしてやればいいんだよっ」
浜は腕をピシッと叩いて職人のような仕草で平助に先輩風を吹かせます。
ソレを見た平助は思わず
「策士ですねぇ!」
なんておだて上げて見事に「愚痴ループ」を回避することに成功いたします。
やがて話をしているうちに駅に着き、浜は違う電車で帰って行きました。
平助は自分もそんなにうまく話が出来るものか?
などと考えながら帰宅いたしました。
「(ピンポーン)ただいまー」
平助が家に帰ると、台所から妻がやってきました。
--- 2/21 中編に続く ---
このお話は少々長いので3回に分割いたします。次回(中編)、最終回(後編)と
3週に渡って掲載いたします。
お付き合い頂けたら嬉しい限りです。
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