内閣シェルターで連日のように行われているタラメア合衆国への対応。
論調は分かれていた。
「先送り論」「虚偽報告論」「断片開示論」である。
勢力の割合は、先送りが50%、虚偽報告が10%、断片開示が35%、静観が5%という形になっていた。
メディアを完全排除し、また情報漏洩嫌疑のある「帝都復権党」は自主的に参加を見送ったこともあり、全体的に保守的な議論となっていた。
先送り論は大勢を占めているものの、日々強まるタラメア合衆国からの情報開示要請にどう対処するのか具体案もなく、会議を空転させる。そこへ虚偽報告派が時間稼ぎとしての虚偽報告を推すものの、タラメア合衆国を納得させられるだけの整合性ある報告の作成には時間がかかるという矛盾を抱えていた。
このような状況下で、防衛大臣の大仲は断片開示を支持していた。
理由は複数あった。
R連隊の損耗によって自衛隊全体の戦力が大きく低下していること。再度反転攻勢をかけるためにはタラメア合衆国の戦力が不可欠。
タラメア合衆国に都合の良い情報を渡すことで、ある程度のコントロールが可能になるという点。日々の開示圧力や虚偽報告作りより建設的。
タラメア合衆国を通じて世界の関心を維持すること。物資やエネルギーを国外に頼るこの国にとって、他国の援助は不可欠。
そしてもう一つ。
タラメア合衆国が情報を分析している時間に、都内に残る国有シェルターの避難民を地方へ移動し安全を確保するための時間稼ぎが欲しい。
大仲としては1〜3は本心であり方便でもあった。彼の中にはずっと4が最重要事項としてくすぶっていた。
空転する会議の途中、短い応酬が挟まる。
「二週間、虚偽報告で稼げます。数で押せば合衆国は一時は黙るはずだ」
「露見した後の二週間を、誰が防衛する? 我々か、あなたか」
「……断片開示で主導権を握る。出すのは、こちらが選んだ断片だけだ」
会議を終え、シェルター内の狭い防衛大臣室。大仲がソファーに横になり、議会答弁をシミュレーションしていると、野党の津田議員が護衛も伴わずにやってきた。
「大仲さん、タラメアの件ですが実際どう思いますか?」
探り合いのない率直な問いだった。
「先送りは不可能。虚偽は論外。静観も無責任。となれば私は情報開示一択です。津田さんもそうでしょう?」
体を起こしながら問うと、津田は肩をすくめた。
「常識的に考えて開示一択でしょうな。与党の半分が先送りとは、決めないことで身を守る流儀か」
「だとしても、野党の虚偽報告案には賛成できません。時間も信頼も失う。悪手です」
津田は大きくため息をつき、無言でうなずいた。
「それで津田さん。意見交換だけではないでしょう。何か用件が」
「そうそう、私はタラメアともパイプがあってね。ちょっと“独り言”を言いに来た」
永田町では、わざとらしい独白が情報の通路になることがある。津田は天井を見ながら独白を始めた。
「タラメアの一部には、この国のUFB問題が本国へ波及することを恐れる声がある。情報は出しても出さなくても、不安は“排除”へ流れる」
そして、ため息交じりに続ける。
「強硬派の中には、UFBがこの国にとどまっている間に、核で根絶やしに——というような議論が、委員会の“私案”で真剣に回っている。困ったものだ」
津田は首をさすりながら、そのまま大臣室を出ていった。
ーーこの国に核を。大仲は早急に国民の退避計画を考え始めた。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
数日前、神の居城デスランド。
傷ついたベルガンがサーチと共に帰還した。ヴァロンは面倒くさそうに出迎えると早速嫌味を言う。
「まったく。兵の扱いが雑すぎる。自分の兵だけではなく、相手の兵、布陣、将の思考、考えろ、馬鹿者!」
そう言ってヴァロンはベルガンに肩を貸し、神のもとへ連れていく。
玉座にて神は笑みを浮かべてベルガンを待っていた。
「ずいぶん傷ついたな、ベルガン。勝ち戦に負けた気分を聞かせてみろ」
ベルガンはひれ伏したまま搾り出す。
「申し訳ございません」
神は立ち上がり、肩を叩く。
「違うよ。謝罪はいらない。面白かった。俺が聞きたいのは“今の気分”だ」
ベルガンは顔を上げ、溜めていた言葉を吐き出す。
「悔しい。そして自分が許せない。圧倒的に有利な状況に慢心し、何度も相手の手のひらで踊らされた。そのたびに兵を失い、無力を痛感した。神の兵として失格。この身は分解し、新たな手下をお創りください」
神は笑みを深める。
「サーチも戻ったときに似たことを言った。だが君らの本心は分裂している。『分解してほしい』も本心、『人間への怒り』も本心。時間をかけた個体は思考が複雑でいい」
神はヴァロンに向く。
「今回の戦いをどう見た。ベルガンに足りないものは?」
ヴァロンは即答した。
「情報と射程です。人間の将は情報を細かく分析し、行動パターンを予測して複数の策から最良を選んだ。どんな計略も圧倒的暴力の前では脆いはずでしたが、彼らの兵器は射程が長すぎた。近接主体のベルガンは一方的に削られた。結論は明白。運用の小回りが利く長射程兵器が要る」
神は満足げにうなずいた。
「そう、届かぬ拳は意味がない。ベルガン、新しい肉体を用意した。来い」
サーチが待つ玉座の前に、一時間後、ベルガンが現れた。ひと回りスリムな体型、わずかに知的な顔つき。
「世話になったな、サーチ。借りは返す。……この体はすごい。パンパンに膨れた筋肉じゃない。しなやかで鞭のようだ。反射も移動も飛躍的に向上した」
ここでベルガンは、指先に極細の光を一瞬だけ走らせた。ピンホールの熱線が壁の同一点を連続で貫き、点が線へ“縫い合わさる”。
「さあ、人間ども。絶望の時間の始まりだ」
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