この作品はフィクションです。
登場する人物・地名・国名などすべて実在のものとは無関係です。
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自衛隊が国有シェルターの人々を地方に退避させた翌日。
光ファイバーの損傷で通信が途絶していた一つの私有シェルターでは、大きな動きが始まっていた。
そのシェルターの代表は、日本有数の実力者、大荻山《おおぎやま》剛三郎《ごうざぶろう》である。
彼は他のシェルターとの通信が途絶したあとも、巨大な受信装置を使い、エーテルの妨害を受けながらもラジオ波を拾い情報を集めていた。
そして、国有シェルターの避難民が一斉に地方へ脱出したと知ったのである。
もともと切れのある思考力と先見性を持ち合わせる大荻山は、容易に自分たちが「切り捨てられた」と理解した。
大荻山のシェルターは内閣シェルターに匹敵する規模・設備を備えた大規模なもので、収容人数一万人、備蓄資材は六か月分という、ある種要塞に近いものだった。
大荻山という絶対的な権力者のもと、治安も維持されている。
しかし、この切り捨てによって大荻山は揺れていた。
ーー自衛隊の軸足が変わった。舞岡がしくじったか。使えぬ男だ。
大荻山は、政治的なパイプ役として舞岡を筆頭に「帝都復権党」を支援し、影響力を発揮していた。
だが、切り捨てられたということは影響力の低下を簡単に想像させる。
そしてその事実が、大きな決断を迫った。
ーー救助を待つべきか。自力で脱出すべきか。
ーー救助を待つのであれば、あと五か月以上は持つだろう。だが都民を脱出させたということは、私有シェルター民は死亡扱いの可能性がある。
ーー自力脱出の場合、このシェルターに避難している約八千人の移動は可能だろうか。兵ではない一般人も多い。
だが彼は僅かに口角をあげると、すぐに結論を出す。
ーー私は聖職者ではない。全員を助ける必要もないか。
決断の速い大荻山は、すぐに私兵のリーダーたちを招集した。
「リーダー諸君。これから話す内容は重要機密だ。よいな」
そういうと、しばらく整列したリーダー十人を見回し、一人のリーダーの前に立った。
「携帯電話を見せろ。当然、電源は切れているな? 無線も見せてみろ」
リーダーは即座に携帯電話と無線の状態を提示した。
それを見た他のリーダーも、当然のように同じ行動をとる。
「よろしい。では説明する。我々は二日後の夜、シェルターを脱出する。脱出はタラメアから買い取った最新鋭の戦車『YA-24』と装甲車『DD-24』を使う。ヘリは使えん。破棄する」
YA-24、DD-24、この二つのキーワードにリーダーたちは動揺を隠せない。
この二つの兵器は民間人である大荻山が保持していること自体が違法である。
しかも両兵器ともに同盟国「タラメア合衆国」の最新鋭機で、国としても国内にあってはならない兵器なのだ。
リーダーの一人が一歩前に出ると質問を投げかける。
「よろしいでしょうか。最新鋭機とはいえ、両機とも一台しかありません。他、通常の移送車両などを合わせても全員の脱出には足りません。徒歩随伴となりますと機動力を活かせません。機動力を活かすため、一括脱出ではなくピストン輸送でよろしいでしょうか」
「その必要はない。タラメアの最新兵器だぞ。それを目撃した民間人は存在していいのか? 駄目だろう普通に。つまり私兵と、信頼できる私の友人だけで脱出する。だったら精々三百人だ。物資用の輸送トラックも使えば移動できるだろう」
それを聞いた女性のリーダーも、一歩前に出る。
「では、約七千五百名を残置となります。食料もそれなりに残すことになります。またヘリなど使用できない兵器の秘匿性に問題が残ります。機密保持の観点から、ピストン輸送による全員脱出を意見具申いたします!」
大荻山は呆れた表情でこれに答える。
「機密保持は当たり前だ馬鹿者。脱出人員を選別するということを正しく理解しろ。我々が脱出したあと、このシェルターでは非常に大きな火災が起こる。悲しいことだ。そして消火に有毒ガスが自動的に使用される。外に出るハッチは故障して動かない。換気システムも火災で停止中。とても心が痛い出来事だが、残された人々は焼かれて死ぬか、毒で死ぬか、火災で食料も燃料も失って飢えて死ぬ。全滅だ。だが、火災で機密事項は焼失。死人に口はない。つまり、問題はない」
女性隊員の表情が濁る。それを大荻山は見逃さない。
「だが、君が正義感から残りたいなら残ってもいいぞ。その場合は私の意思に反するということになる。意味は分かるな?」
女性は黙って一歩さがると敬礼し、
「脱出に尽力させていただきます」
と大きな声で宣言した。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
二日後の夜、情報を開示することなく脱出作戦は、残された人々に気付かれることなく始まった。
大荻山の言葉通り、シェルターの治安部隊を含む私兵と、大荻山の愛人、大荻山のシェルターで保護していた財界の要人のみがDD-24(タラメア製最新型装甲車)に搭乗していた。
大荻山は自ら指揮を執る。
「自衛隊の通信を傍受していたが、やつらは視力と聴力で獲物を捜すらしい。夜目は効かず活動も限定的ということだ。闇に紛れ静かに行動しろ。ライトは赤外線を使え。いいな」
大荻山の車列はゆっくりと、埼玉方面——つまりR連隊とベルガンの戦闘の影響で高熱により地形が均され、比較的瓦礫が少なく、車両の残骸によって車列が目立たないようなルートを目指す。
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆
同時刻。
お台場上空に浮かぶ神の居城「デスランド」。
ヴァロンが一人、執務室にこもり、強化されたベルガンとサーチとの新しい連携方式について思考を巡らせていた。
そこへサーチからの連絡が入る。
「ヴァロン、ポイント129に人間の兵器を発見。映像を送るわね」
すると、ヴァロンの眼前にエーテルを使った視覚共有能力により、サーチの視界が映し出される。
「随分と明るいな」
思わずヴァロンが口にする。
「創造主様のお力で、光の増幅能力と映像の補正能力が強化されたからでしょう。それで、この車列どうしましょう?」
もちろん映し出されているのは大荻山らの脱出車両だ。
大荻山は闇に乗じたつもりだが、それは前回のR連隊とベルガンの戦いで得た情報である。
サーチがいれば新月でもない限り丸見えなのである。この日の状態であれば、日中とさほど変わらない程度の視界を確保できていた。
「ぶっ潰そうぜ!」
ベルガンが通信に割って入る。
「ベルガンの気持ちもわかる。サーチ、映像を拡大できるか? あと、周囲に迫撃砲やドローンの姿はないか?」
ヴァロンの眼前の映像が一気に拡大される。
「1、2、3……十両編成。先頭は見慣れない戦車。後続も見慣れない輸送車。残り八台は軍用車ではないな、輸送トラック、乗用車というところか」
すると気配もなく、神がヴァロンの後ろから声をかける。
「ふーん。最新型のタラメアのおもちゃじゃないか。面白そうだね。な、ヴァロン!」
「急に現れないでください! 創造主様、お言葉ですが今回は私が指揮をとらせていただきます。私の存在理由を奪わないでください!」
神はケラケラと笑う。
「いやだね! 面白そうなおもちゃを前に譲るわけがない。ヴァロンはさ、もっとこう細かいのとか、面倒くさい消耗戦とか、退屈だけど指揮が必要なやつを頼むよ」
ヴァロンは呆れたような目で神を横目に見つつも、食らいつく。
「いえいえ、これも十分つまらないと思いますよ。結果の見えた出来レースです。強化されたベルガン。周囲には五万近い同胞、サーチも健在、さらにエーテルの影響で人間は精密機器が使えません。瞬殺ですよ」
「そういうとこだよヴァロン君。君は手堅い。優秀だけど面白みがない。君がやろうとしているのは、そうだなー例えるなら将棋のプロが小学生相手に全力で叩き潰すようなものだよ」
「駄目ですか?」
「駄目じゃないけどさ、面白くないだろ。だからここはさ、盤面を整えてやろうよ。まず、エーテルの濃度を下げてタラメアのおもちゃが百パーセント性能を出せるようにする。それから、ベルガンはこの前の戦いで兵を減らしすぎたので、今回は兵なしで戦うこと。つまりこっちの手駒はベルガンとサーチのみ。相手は全力。一人でも逃がしたら俺たちの負け。どう? ワクワクしないか?」
悪い笑み。とても神とは思えない表情である。
「指揮は、このヴァロンに任せてもらえるんでしょうな?」
明らかに不満の声。神はしぶしぶ応える。
「だーめ! でもさ、俺も口出ししないから、ベルガン、サーチでやってごらんよ。それでヴァロンが必要になったら、お前たちからヴァロンに協力を求めるのは認める。これでいいだろ」
ーー創造主様の最高の譲歩か、仕方ない。
ヴァロンは渋々了承し、すぐに大荻山の車列の周囲のエーテル濃度が下げられた。
神は楽しそうに宣言する。
「リベンジ戦を始めるぞー!」
ベルガンは返事をしない。
だがその目には燃える意思が強く出ていた。燃えるような闘志と、凍るような怒り。サーチはベルガンを分析して直感した。
あの人間は運が悪い――と。